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蕎麦日記
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2006年10月21日 稲刈り

狩猟民族は獲物を捜し求めて放浪し、その地域の獲物を捕り尽せば、常に新たな狩り場を求めて移動していくという習性が強いが、農耕民族である日本人は自然に挑戦し克服しようとする欧米人と違って、自然をあがめ自然と同化しようとする特性があると思う、獲物や食物はその地域の山の神や川の神、はたまた海の神の贈り物であり、地域の神様を崇めその地域に土着し生活していく為に定置での繰り返しの生産活動を昔から行ってきた。それそのものが今で言う「継続可能な循環型社会」の典型であると思う。
  人間関係でも同じことが言える。欧米人は広い大陸の陣取り合戦を続けてきた歴史から元来攻撃的な思想を持つが、日本人は基本的に狭い島国に共同生活をしていく上で協調性を最も尊ぶDNAが存在すると思う。「向こう三軒両隣」「隣保組」など地域で争いを起こさないように生活していく知恵が非常に発達している。だからこそ日本人は先祖が残してくれた土地建物を非常に大切に考え、先祖の贈り物を子孫へ残していくことが勤めだと考えるのだと思う。対する欧米人は自分の土地建物というものにあまり愛着というものが無く、頻繁に自宅を「ForSALE」と売っぱらって引越しをしていくことからもDNAがそれを望んでいるのだと思う。あえてどちらが正しいということではなくて、人類生誕からの環境の違いが作り出した物でしかない・・・と思う。 いきなり「稲刈り」とはまったく違った話になってしまったが、今日は「稲刈り」の手伝いである。
  天真庵に毎週無農薬の取れたて野菜を届けてもらっている自然農園で稲刈りがあり「手伝いに来ませんか?」と声を掛けてもらったので何事も経験が好きな自分としては、二つ返事で「いきます」と返事をして、心待ちに待っていた。
  事前に頭の中でシミュレーションをし服装は何を着ていこうか?、道具は何を持っていこうか?うさぎ跳びでもして足腰を鍛えておこうか?自宅の庭の草取りでもして鎌の使い方に慣れておこうか?といろいろ考えていたのだが、トーシロが事前に考えても為に成らないと思い結局は普通の格好で手ぶらで向かってしまった。

田んぼに着くなり、ホッと胸を撫で下ろしたのは、稲を鎌で刈ると思って覚悟していたが稲を刈って束ねる作業はバインダーが機械的にこなしている情景であった。いくらなんでもコンバインは使わないだろうと思っていたが、ひと安心である・・・^^ そこで今回の手伝い部隊の仕事であるが、刈り取られて束ねられた稲穂の束を天日干しの為に掛け干しすることである。 まずは干し台と干し竿を組み立てる作業だ。2メーター程の竹ざおを3本組み合わせて三脚のように台を組んで行く。その上に長い、まるで5月の五月晴れの大空に未来に向かって優雅に泳ぐ鯉のぼりを吊るす様な大きく長い竹ざおを乗せていくのだ。 しかし、いくら大きい竹ざおであっても両端二箇所の台に乗せるだけでは間がしなってしまう。ましてやこれにまだ乾燥していない稲の束を掛けていったら到底もたないので、間にも3本組の台や、二本組の台で2m間隔位で補強していく。 さて干し台を組みながら同時に稲の束を掛けていく作業である。

まったく初めての私は稲の束を当然二股に分けて並べて掛けていくとばかり思っていたが、チョッと違った。二人一組で稲の束を8:2に分けて交互に分けた2を向こう側にして両側から掛けていくのだ。「・・・・・なるほど」5:5に分けて並べてかけて言った場合よりも、竿の上で一つの束が占有する巾は2で済むという事であるから、単純計算でも倍以上の量を掛けられることになる。さすが先人の知恵は素晴しいと・・・改めて感動である。 竿いっぱいに稲を掛け終わったら、次に屋根という今度は掛けた稲の上に稲の束を広げながら斜め交互に乗せていくのだ、交互にかさねることで少々の風が吹いても落ちにくく、屋根というように雨が降っても竿にかかっている稲の雨よけの役目を果たすということである。 ・・・・・よく出来てるなぁ 一緒に集まっていた手伝い部隊の中には、環境や農業が専門の大学の先生や学生さん、そしてNPO法人さんなど多くの方がおり、そこで教えてもらったのだが全国の稲干しの方法は「重ね掛け」「一本掛け」など100通りくらいの掛け方があるそうである。

また、田んぼに張った水は一日に4cm〜6cmも減るが、その減った水の半分は水蒸気として空気中に蒸発し、残りの半分は地中に浸透することで新たな地下水となるということ、田んぼの水1cmで1トンの量であることなどとても勉強になる。特に熊本では全国的にも水が豊富で綺麗であることが有名であるが、ここ数十年の中で減反政策により田んぼが減ってきたことや工業用用水の使用量が激増していることなどにより、熊本の豊富な地下水も減り続け、江津湖の湧水もここ10年間で2割も減少していることなど、昔ながらの「継続可能な循環型社会」が旨く機能していないことが大きな原因であることは言うまでも無い。
  最近になってやっと休耕田に地下水保全の為に水を張るなどの取り組みが行われるようになったことは、とても喜ばしいことである。熊本の自慢できる特産品は「おいしい水」と、自信を持って言い続けることが大事かもしれない。

さてさて、いよいよ、ようやくお昼の時間である。

実は、今日のお昼ご飯は出張蕎麦職人による手打ち蕎麦が食せるということが、今日何が何でも稲刈りの手伝いに来たかった大きな要因の一つであるが、7年前から出張専門の蕎麦職人として、いろいろなところでおいしい蕎麦を打って食してもらっていると言うだけあって蕎麦打ちは見事であった。捏ねは時間の関係で見ることができなかったが、延し、切りはまるで高橋名人を髣髴させるような手際で、北海道から取り寄せた新蕎麦とあいまって、絶品であった。常日頃から仕事として蕎麦を食している私にとっても今日の蕎麦はこの上ない御馳走である。 しかしこれくらい蕎麦の風味が強い蕎麦の場合だとやはり私的には二八が好みであることが改めて実感した。蕎麦の風味が同じであれば十割のチョッとぼそぼそ感のある麺より、つるっと喉越しの良い麺が好きである。こう思えるのも何より、そば粉の良さとそのそば粉の風味を殺さずに打ち上げる麺打ちの技術の高さだと思う。 ちなみに出張蕎麦打ちを実際に見て食すのは今回が初めてなのだが、以前読んだ加藤晴之の「蕎麦打ち」を地で行っている様なすばらしい職人さんである。

お昼ごはんは蕎麦があまりにも、素晴しいので他の料理がかすんでしまいそうになるが、取れたての新鮮な野菜のサラダ、里芋の煮付け、手作りピーナツ豆腐、おにぎりも白米、玄米の取り揃えで、チョッと他では食べられないような御馳走の数々であった。特に菜食主義に限りなく近い私の胃袋は嬉しさでひっくり返りそうになる。 きっと明日のお通じは水に浮いた最高の「モノ」になるに違いない。そうなのである私の腸は、食べた食材によって翌日の「モノ」がてきめんに違ってくるのである。
  本来、健康な「モノ」は黄色っぽい水に浮くもので、不健康な「モノ」が黒っぽくて水に沈むものといわれているが、私は菜食主体の食事の場合は前者の「モノ」であり、肉脂食の食事の場合は後者の「モノ」が確実に排出されるのである。 しかしこれは農耕民族としての日本人らしい体質であることの証と言えるだろう。よく「人間は肉食動物なのか、それとも草食動物なのか?」という意見があるが、専門的には消化器官の形態からみると、どちらかといえば肉食動物といえるらしい。但し狩猟主体の欧米人型の体質と農耕主体の日本人型の体質のどちらかということになると、また話は変わってくる。何が違うかといえば昔から肉や乳脂を多くとってきている欧米型の体質の人間は、腸でのコレステロールの摂取量を抑える機能があり、農耕型の体質の人間は、肉や乳脂の摂取に慣れていないために腸でのコレステロールの摂取量を抑える機能がなく、食べたら食べた分だけコレステロールを摂取してしまうといわれているのである。 じぶんはどっちの体質なのかと思ったら、霜降りステーキと天ぷらとから揚げとラーメンを食べた翌日の「モノ」が前者のものであれば肉食系であり後者のものであれば草食系であるといえるであろう。
  しかしなぜそのように食生活で体質の変化が生まれるのかと考えたのだが、通常本当の意味で食物によって消化器官そのものが変化していくには人間の進化にも関わる問題なので数千年や数万年、もしくは数十万年の歳月があって初めて、消化器官が進化に対応し胃が二つになったり腸の長さが長くなったりすると思うのだが、こんな百年、二百年で消化器官の体質が変わるのはなんだろうと考えてみた。一つ思い当たるのは腸内細菌である。少し前のテレビで紹介されていたが、何十年も食事を取らなくても生きている人や、土だけを食べて行き続けている人の神秘を解明する鍵に腸内細菌があると言っていたように思う。空気中から人体に必要の栄養素を作り出す腸内細菌や土から栄養素を作り出す腸内細菌が考えられるというものだったと思う。
  その様に考えれば、数十年、数百年単位でも食生活に順応した腸内細菌が増殖してもおかしくないのではないかと思う。 誰もが一度は経験することだが、生まれたばかりの赤ちゃんの「モノ」は緑色をしているのを御存知だと思う。これはお母さんのおなかの中の胎児の時には赤ちゃんの腸には腸内細菌が皆無であるが、母親の産道を通って来るときに産道にいる細菌を飲み込むことで約1000億個以上に増殖するといわれている。そしてその増殖した腸内細菌の残骸がその「モノ」の色であるし、よく初乳は免疫力がつくから必ず与えたほうが良いといわれるのも、産道で飲み込んだいろいろな細菌や雑菌を初乳が調整して、善玉菌の腸内細菌を作り上げるのでは無いかと言うのが、私の個人的な見解である。

通常、大人の「モノ」も食べ物の栄養を吸い取った後の不用な残骸・カスと思われているが、実は半分以上が腸内細菌の死骸なのである。まず食生活が正しく健康的な人は善玉菌の死骸が多く健康的な黄色っぽい「モノ」が排出されるし、不健康な食生活が多く不規則な生活の人は知らず知らずにストレスが溜まり悪玉菌が増殖し、その死骸で出来上がった「モノ」は黒っぽくぼろぼろ硬くなるのである。だから従来の日本人の食生活に無かった欧米化された肉脂系の食生活や食品添加物、防腐剤の含まれた食事は、知らず知らずのうちに動脈硬化や体内・腸内老化が進んでいってしまうのである。 そして人間は最後に死ぬときに真っ黒な「モノ」が排出されるといわれているが、これはお腹の中の腸内細菌がみんな排泄されてしまう現象である。腸内細菌は人の生命と密接なかかわりがあり、共生の関係なのである。・・・・・所詮人間の生命活動は「入り」と「出」で成り立っているのである。
  かくも、この現代社会では、この「モノ」は不潔で汚くて不必要なものと位置づけられて、トイレでジャーッと流してトイレはいつも綺麗に無臭にクリーン保つということが一般的であるが、一昔前といってもほんの30〜40年前まで「モノ」は有機肥料として大切に扱われていたと思う。
  古来、日本では鎌倉時代から「モノ」は下肥として価値のある肥料として注目されていたし、特に江戸時代には、幕府が奨励して「肥料確保のためのトイレ作り」を行っていたと文献に残っている。当時のトイレは単に穴を掘っただけの簡単なものではなく、キチンと囲いを作り床を張り屋根を掛けて雨水で「モノ」が薄まらないようにしなければならないというお触れまで出ていたのである。「モノ」にそれなりに敬意を払っていたのである。その証拠にトイレ専門の大工さんを雪隠大工というように専門職の言葉が残っているのである。まさに狭い島国の中では何も無駄にはしないという「継続可能な循環型社会」を江戸幕府は実現していたのである。
  しかし、そのおかげで江戸もしくは日本全体が公衆トイレや長屋の共同トイレ、農家の外トイレ、武家屋敷や商家の屋内トイレというふうに、トイレの設置は全国各地に広がり、世界的にも最も清潔なリサイクルを実現した国だったのである。
  当時、日本の長崎の出島にやってきたある西洋人の語録には、「路傍の公衆便所に感嘆した」という記述が残っているという。江戸時代の中期といえば18世紀にあたるが、そのころヨーロッパでは日常的に「モノ」は部屋で「おまる」に排出し、それをそのまま家の窓から外に投げ捨てていたのである。そのために必然的に町中がいつも臭かった為に香水が発達し、女性は「モノ」が足につかないようにハイヒールが発達し、屋外を歩きながら「モノ」を被らないように女性は傘が発達し、男性はマントを纏う様になったといわれている。有名な話だがかの有名なベルサイユ宮殿も当時トイレは無く、貴婦人達も庭の隅でチョコンと腰を下ろして用を足せるように、あのふわふわにスカートを広がらせる「パニエ」が使用されていたのである。 何年、何十年と「モノ」が堆積された石畳を歩くことを考えると、日本に生まれてよかった〜とつくづく思う。当時の日本人がこのようなことを知っていれば、渇いて綺麗な道をわらじで歩けることの幸せを実感したことだろう。・・・・とおもう。
  もう一つ、ついでに付け加えておくと、フランス料理も似たようなところが有り、料理で重要視されるソースは素材が痛んでいても、その味を誤魔化せる様にするために発達したのである。日本のように素材の良さを活かすような食文化ではソースは発達しなかったのである。それなのに日本の納豆を馬鹿にする西洋人がまだまだ沢山いるのである。・・・・・^^

おっとっとと、ものすご〜く。脱線してしまったが、午後の稲刈りスかート・・・違ったスタートである。日本のスカートといえば、腰巻であるが、ではなぜ赤い腰巻が必要だったのか・・・・・この話題も長くなるので、次回にする。

全員が黙々と、精を出したので夕方近くには、ついに完成した。みんなで力を合わせて作り上げた稲干しを見ていると感慨深いものがある。私にとっては生まれて始めての、稲刈りであったが、この作業もしくはここまでくるまでの作業(生産作業)をいつも行っている方に敬意を表したくなる。
  確かに、今風に言えば非効率的・非生産的になるのであろう。しかし何のために効率的にし生産量を増やす必要性があるのかを、キチンと認識していなくてはならないんだなぁ・・・と漠然と思った。

「自分の生活」「生産性」「安全性」「価格」「環境」「美味しさ」これらのキーワードをどのように組み合わせてどこにバランスをとっていくかが非常に大事なことで、農業もビジネスも「もっと自分の為に」だけを追い求めていくだけではなく、 常に何が一番大事なことか(ものか)を、見つめながら生きていくことが大事であるということを見つめなおさせてもらった一日であった。(感謝)


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